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2009年1月27日 (火)

ポジティブ過ぎるのもいかがなものか

 私は今まで、人生を楽しく有意義に過ごすために「ポジティブ・シンキング」の姿勢は大事だ、と何の疑いもなく思っていました。
 が、しかし。ある日気が付いたのです。

 ポジティブも度が過ぎると病気だ、と。

 それは今から2年前。友人宅でコーヒー焼酎飲みながら、「アメリカン・アイドル」の第6シーズンの地区予選を観ていた時のこと。
 あ、「アメリカン・アイドル」というのは、ようするにボーカルのオーディション番組なんだけど、全米の何万という参加者の中からたった1人のナンバー1を決める、視聴率全米1位のオバケ番組なのです。詳しくはコチラ↓

http://tv.foxjapan.com/fox/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/572

 地区予選は何万もの参加希望者が、1人ずつ3人の審査員の前で伴奏ナシで数小節を歌って見せて、まずハリウッドまで行けるかどうかを審査されるのですが…

 凄いの、もう、どいつもこいつもむやみと自信満々なの!

「次のアメリカン・アイドルは俺だ!」
「私は内面からセクシーさがにじみ出るタイプなの」
「私の才能を見抜くだけの能力がサイモン(注・審査員)にはなかったのよ!心から同情するわ」

 で、そういうのに限って歌わせると「…はい?」という感じで。だから余計に不思議なワケよ。オマエら、なんでそこまでポジティブなんだ。何を根拠にそんなに自信満々なんだ。

 その日、私を最高に激怒させたのは最後のオーディショナー、忘れもしない、その名は「レッド」。
 歌い始める前に、審査員のサイモンに「キミは自分でどのくらい歌えると思う?」と聞かれた「レッド」。言うに事欠いて、

 「クイーンのボーカル程度なら」

 き、きさまぁぁぁぁ!今私の前でなんとホザいた!クイーンのボーカル「程度」だとぉぉぉ?せめて名前くらい覚えとかんか、この無礼者。間に太平洋があって良かったな、目の前にいたら躊躇無くブン殴るわ!
 
 3人の審査員はそれを聞いてまさに「目が点」。私の隣では友人が笑い転げる。

 そして歌ったのは「ボヘミアン・ラプソディ」なワケよ、案の定。
 だいたい、クイーンの曲をアカペラでひとりで歌う時点ですでにかなり無謀。その上、「レッド」の歌と来たら、フレディがあの世で半年早い盆踊りを踊り狂ってしまいそうなほどにハラホラヒレハラな出来。

 固まる審査員。激怒するワタクシ。ひたすら笑う友人。いっでぃさりあらい♪いっでぃじゃすふぁーたしー♪ああ、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 …だからな、その歌唱力でなんで「クイーンのボーカル程度になら歌える」と自分で思えるんだよ!自分を信じるにもほどがある!どこまでポジティブなんだアメリカ人!

 それでふと思ったのだ。

 アメリカ人は子供の頃から「自己主張すること」「自分に自信を持って堂々と振る舞うこと」が、美徳とされるお国柄で生きている。でも実際には「天才」なんてそうそういるはずもなく、現実には「自信」と「実力」の間にギャップがあって、そのギャップにふと気がついてしまった人たちのために、セラピストがいるんじゃなかろうか。
 アメリカがセラピスト大国なのは、そういう事情なのかもしれない、と。

 ポジティブに考えるのは大事なこと。でも「なにがなんでもポジティブ・シンキング!」という人も、ハタから見るとそれはそれで病的なものなのだな。
 と、「痛々しいほどポジティブ」な人々を観ながら思ったワタクシなのでありました。

 さて、そんなわけでいよいよ「アメリカン・アイドル」第8シーズンがFOXチャンネルにて放送になります。今年はどんなポジティブシンキング野郎が登場するかと思うと、予選から楽しみでなりません。


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