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2009年7月21日 (火)

闘病

今日はちょっと昔話をしようと思います。

1991年11月23日にクイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーは自身がAIDS、後天性免疫不全症候群であることを公表し、翌11月24日に亡くなりました。直接の死因は肺炎です。45歳でした。

それ以前、フレディが「もうライブツアーには出たくない」と言いだした86年頃から、フレディはエイズなのではないか、という噂は常にくすぶっていました。しかし、そういう噂が出るたびに、フレディのスポークスマンもまたクイーンの他のメンバーも、その噂をきっぱりと否定して来ました。

フレディが亡くなった後、その点を非難する声が一部でありました。

つまり、フレディはエイズであることを早々に公表し、この病についての認知度や理解度を高めるような行動を取るべきだったのではないか、そう、バスケットのスーパースター、マジック・ジョンソン氏のように。

当時まだエイズは「得体の知れない病気、麻薬中毒者や同性愛者が掛かる病気」という、曖昧で差別的なイメージが根強い時代でした。
だからこそ、フレディのようなファンが大勢いる有名人がエイズであることを公表することには意味があったのではないか、という意見です。

私はフレディのファンなので、たぶんフレディ贔屓な考え方になっていると思います。けれど、フレディが自らの病に対してどういう生き方…戦い方をするかは、フレディ自身が決めることだと思うのです。

これはあくまで推測ですが、おそらく彼は「エイズのフレディ」と認識されるよりも、「ソングメーカーの、ボーカリストのフレディ」として全力を出したかったのだと思います。

私も持病があるので判るのですが、難病と向き合う、闘う、というのはそれだけでとてもエネルギーのいることです。はっきり言えば、一度にふたつもみっつもの活動に、同じように精力を注ぐのは、無理です。
エイズのスポークスマンと、アーティストとしての活動と、両方を高いレベルで維持するのはかなりのエネルギーがいることでしょう。

そしてフレディは、アーティストとして全力で生きることを、選んだのだと思います。

事実、最後のライブツアーである86年の「マジックツアー」の後、91年に亡くなる5年間の間に、フレディはクイーン名義のアルバム2枚(「ザ・ミラクル」「イニュエンドゥ」)、ソロアルバム(オペラ歌手モンセラート・カバリエとのジョイントアルバム「バルセロナ」)1枚、アルバム収録されていない「グレート・プリテンダー」などのシングル曲、そしてボーカルトラックのみの未完成の音源を、本当に体が動く最後の最後まで、収録し続けました。

最後のアルバム「イニュエンドゥ」が出たのは日本では91年2月のことです。そのひと月前、クイーンのドラマー、ロジャー・テイラーと食事を共にしたフレディは、もう次のアルバムのレコーディングの話をロジャーにしていたそうです。
おそらく、彼はもうあまり時間がないことを、自分で判っていたのでしょう。

91年11月にフレディが亡くなった後、クイーンの3人の仲間は、この未完成のボーカルトラックに演奏やコーラスなどを追加し完成して、アルバム「メイド・イン・ヘブン」を発表しています。

人間は誰でも、私でもあなたでもフレディでもマイケルでも、生きている間は選択の連続で、そしてその選択は正しかったり、間違っていたり、他人には理解出来なかったり、自分自身ですら後悔したり、人生というのはそういうことの連続で出来ています。

スーパースターであろうが一般人であろうが、人生は平等に「謎」です。

私はフレディ・マーキュリーを天才だとは思いますが、神とは思いません。彼もまた、不完全で未熟で欠点だらけの人間です。間違った選択もしたかもしれないし、嘘もついたかもしれません。でもだからこそ、あのような人の心をとらえる作品を、生み出し得たのだと思っています(逆に言えば、弱いひとりの人間に、「神」の役を押しつけるのは残酷だと思うのです)。

フレディのことを、よく知りもしないで「見た目がキモい」(笑)とか、「変な人」とか(いや、実際変な人なんですが)、「だってエイズで死んだんでしょう」とか言う人に、私は多くを語ろうとは思いません。

「とりあえず『オペラ座の夜』を聴け。85年のライブエイドのクイーンのステージを観ろ。話はそれからだ」

もしもライブエイドのクイーンを観て、「クイーン、すげえ!」と思ったならそれ以上何も言うことはないし、そう思わない人にはそれ以上何を言っても無駄だし。「すげえ!」と思ってくれた人は、きっと自分自身でクイーンのこと、フレディのことを理解しよう、もっと知ろうと思ってくれるのではないかな、と期待しています。

アーティストに対する最大の賛辞は、「作品を受け止めること」だと思います。
フレディがどう生きるか、生きたかは、フレディ自身の問題。ファンとして、知りたいという欲求はありますが、だからといってフレディの人生そのものに介入出来るとは思わないし、したいとも思いません。
大好きなフレディのために、私は何が出来るだろう。その答えはもう出ています。

私は私のベストを生きればいいのです。私自身の人生と、向き合えばいいのです。

そしてその手助けを、フレディの生み出した音楽がしてくれるのです。辛い時には慰めてくれて、楽しい時には一緒に笑ってくれる、一生共にある、支えてくれる音楽。
最終的に、フレディが望んでいたのはそういうことだったのではないかな、と今は思っています。


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