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2009年9月14日 (月)

それは違う!

…あ、いや、違うわけじゃないけど厳密に言えばそれだけじゃない!

えー、まずはこちらの「Yahoo!ミュージック」の質問箱をご覧ください。
http://answers.music.yahoo.co.jp/detail/1128145621/

まあ要約すると、「フレディやコバーンの時より、マイケルの場合、みんな感情的というか、その死に対する反応が、ある種『エンターテインメント化』してませんか?」というご質問。

それに対して6件の回答。

フレディやカートのファンは心の準備が出来てたから、とか、マイケルに関してはマスコミが騒ぎすぎ、とか、単に知名度の差、とか、いろいろ出てますが。

一番大きな理由が出ていない。
…いいですか。マイケル・ジャクソンは、

「インターネット時代に亡くなった最初のスーパースター」

なんですよ。
ファンが感情的過ぎるわけでも、マスコミが騒ぎすぎなわけでもありません。

あるひとりのマイケルファンが、「マイケルが亡くなって辛い、哀しい、さみしい」と思った時に、その気持ちを瞬時に全世界に向けて叫べるシステムが、今はある(が、フレディの頃にはなかった)、という事実をみなさん忘れている(あるいは気が付いていない)。

全世界のマイケルファンが叫んだら…それがかつてないほど大きな声に聞こえるのは当たり前ではありませんか。

さらに、インターネットによって全世界のニュースが即座に入って来ます。CSやBS、ケーブルテレビなどで、海外のニュース報道をダイレクトに観ることも出来ます。
「騒ぎすぎ」ているわけではなくて、単純に、一般人がニュースを取得出来る手段自体がこの20年で格段に増えたのです。
マイケルの葬儀が、インターネットで無料で世界同時配信されたのがそのいい例です。

フレディが亡くなったのは1991年、カートは1994年です。当時インターネットそのものは存在していましたが、まだ特定の人たちの情報ツールにすぎず、一般的ではありませんでした。
パソコン通信(インターネットではない)のニフティサーブがサービスを開始したのが1987年、日本で最初のインターネットサービスプロバイダが設立されたのは1992年です。そして携帯電話は…まだただの「電話」でした。

当時、私はクイーンのファンサークルやコピーバンドのイベントに片足を突っ込んでいたので、亡くなった直後のクイーンファンが実際どんなに「感情的」になっていたかを知っています。

ただ多くのフレディファンには、世界に向けて、空に向けて、「叫ぶ」手段がなかっただけです。感じた感情は同じ。ただ声をあげられなかった、その手段が当時はまだなかっただけなのです。

「(自分の)目に見えなかったことはなかったこと」なわけではありません。

つまり結論を言うと、この質問は、ある意味質問自体が間違っているということです。
既に質問に対する回答が締め切られているのがつくづく残念。もっと早く気が付いていたら、上記の回答を(もっといくらかマイルドな言い方で)したのになぁ。

そしてマイケルファンのみなさまへ。

あなたが辛い時、「辛い」と声をあげられること、そしてそれを遠く離れた見ず知らずの誰かが聞いて、共感してくれること、「ひとりではない」と感じることができること…それがどんなに素晴らしいことか、どんなにあなたを支えてくれるか、を、どうぞ忘れないでください。

エルビスのファンには、ジョンのファンには、カレンのファンには、フレディのファンには、カートのファンには、まだそれがなかったのです。

  ☆    ☆

※12日(土)の記事にある通り、この記事は間違って一度削除してしまったものです。再アップいたしました。


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