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2010年3月19日 (金)

バラ色の心

ご存知の通り、私は74年のシングル「キラー・クイーン」からのクイーンファンですが、実はクイーンと出会う以前に好きだったアーティストがありまして、生まれて初めて自分のお小遣いで買ったレコードも、生まれて初めて行ったコンサートも、この方でした。

★ミッシェル・ポルナレフ「バラ色の心」

http://www.youtube.com/watch?v=zkfrNrVuNgE

初めて自分の意思で購入したレコードは、「ポルナレフ・ア・トーキョー」(ライブ盤)。小学校四年生御年9歳!さすがに出会いそのものは覚えてないです。たぶんラジオですね。

って、どっかおかしいでしょその小学四年生!

何がおかしいって、普通こういう音楽遍歴だと元々親が洋楽好きだとか、上に洋楽好きの兄弟がいるとか、誰か家族の影響で、っていうパターンが主だと思うんですが、ウチの場合、私は長子。そして親御さんは音楽にまったく興味ナシ。それまで家にあったレコードは童謡「月の砂漠」とマイク真木さんの「バラが咲いた」のEP2枚のみ。プレイヤーがあったことすら奇跡。いわば突然変異の単独犯。

だから完全に、私は「ラジオの子ども」だったんですね。
なぜ歌謡曲ではなくいきなり洋楽(しかも英語ですらない)だったのかは今でも深い深い謎ですが。

たぶん、「メロディが美しくてボーカルが艶やかで優しくて魅力的で、なおかつピアノがフューチャーされている曲」、に生まれつき弱いのだとしか言いようがありません(当時私はピアノを習っていた)。
可能性としては、歌詞・ボーカルを「言語(左脳)」ではなく「音・イメージ(右脳)」でとらえていたのかもしれません。が、関係ないかもしれません。

なお、なぜ初めにライブ盤を買ったかというと、ラジオから流れる曲(つまりシングル曲)しか知らないわけじゃないですか。で、通常のアルバムだとシングル曲は1~2曲しか入っていない。
けれど、ライブはヒットシングル中心だから、知ってる曲がいっぱい入ってる!という、数で勝負のアホなんだか賢いんだかよく判らない理由でした。

ライブに行ったのは1975年の仙台公演。クイーン仙台公演の1年前ですね。

親御さんの許可を取るのがそりゃもう、大変だった覚えがあります。まあ、逆にポルナレフの前例があったから、クイーンの時も許してもらえたわけなんですが。
…ま、親が力尽きた、とも言える。

何十年も経た今になって母いわく「あんたは一風変わった子どもだった…」。

おかあさんおかあさん、何その遠い目。
…ご苦労お察しいたします。私だって自分じゃなかったらイヤだ、そんな、独自路線を爆走する小学生。

残念ながら、ポルナレフはアメリカに渡った74~75年あたりから失速、活動が急激にペースダウン。まるで入れ替わるように、私の前に突如舞い降りた運命の大天使クイーン。
そして現在に至る。

でもね。

初めて自発的に好きになった音楽は、今でも大事な宝物。今でも、心が沈みがちな時にポルナレフを聴くと慰められます。

クイーンの音楽は「一緒に楽しくやろうぜ!」って私を励まし鼓舞してくれる感じ。

ポルナレフの音楽は、何も言わずに黙って静かに私の隣に座っていてくれる感じ。

副産物として、フランス語も「セ・テュヌ・プッペ(それは人形です)」は判るぞ、と(笑)。


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