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2010年4月23日 (金)

ファンの矜持

Freddiemercury15

旧ゲストブックの方で、マイケルファンのJUN☆さんが

「凛々さんがフレディの死をどう乗り越えていったのか興味があるので、また教えてもらえればいいなって思ってます。」

と、おっしゃってて、それに対してお返事しそびれてしまったのがずっと心の隅に引っ掛かってました。

マイケルファンの方は今、失ったもののあまりの大きさに、やり場のない悲しみや虚しさをもてあましていらして、それとどう付き合ったら、向き合ったらいいのか、きっと迷って彷徨っていて、そんな方たちが「凛々さんは、フレディの時にどうしたんだろう」ってふと思われるのも、このブログの特異な状況から考えれば不思議じゃないな、って思っていました。

結論から言えば、こちらの記事「Save Me」でも書いた通り、

乗り越えてはいないです。

19年目にして。いまだに。

このブログを去年くらいからずっとご覧になってくださっている方ならすでにお判りだと思うのですが、子どもの頃からクイーンの音楽が、フレディ・マーキュリーの生み出す芸術がずっと私と一緒にいてくれて、私はそれが大好きで、彼を心から尊敬していて、一緒に成長した、育ててもらった、と言っても過言ではないほど、成長の過程で心の栄養を惜しみなく与え続けてもらっていた存在で、だからフレディが亡くなったその日に私の「青春時代」は終わったのだ、と思っています。

私の心に大きな大きな穴が開き、そしてその穴は今でも開いたままです。

初めはね、やっぱりこの心の穴を、埋めなきゃ埋めなきゃと思ってたんですよ。
基本的には前向きな人間なので、「立ち止まっていつまでも泣いてちゃいけない!何か、行動しなくちゃ!」ってね。今現在のマイケルファンのみなさんとおんなじですよ。フレディがどんなに偉大なアーティストだったか、その死がどれほどの損失か、みんなに知ってもらわなくちゃ!

それで実際に2、3具体的な行動もとったのですが、まあその話を詳しくすると局地的に身元バレしてしまうので(笑)それはあさってに置いといて、夢中で過ごして3年くらい経ったある日、ふいにこう思ったんですよ。

もしかしたらこの心の穴は、埋めなくてもいいのかもしれない。

フレディの死によって心に大きな穴が開いてしまった、それが私、「穴」ごとまるごと全部含めて今の私なのだから、無理に変える必要はないのかもしれない。
むしろこの心の穴を透かして、今まで見えなかった別の何かが見えることも、あるかもしれない、とね。

そして実際に、昨年マイケルが亡くなった時に、マイケルファンのみなさんのお気持ちがまるで我がことのように、手に取るように理解できたのは、私の心にこの穴が開いていたから。
この穴も含めて私。どこかが麻痺したまま、硬い冷たいものをどこかに感じながら、時にヘコんだり気落ちしたりしつつも精一杯に自分の人生を楽しんで、生きている、生き続けている。

フレディは最後の最後にもう一度、私を成長させてくれたのかもしれません。

…それにね。
フレディ・マーキュリーもマイケル・ジャクソンも、天才です。稀なる人です。
天才の業績は、心配しなくても永遠です。私たちが死んだ後ですらも、彼らは永遠に生き続け、新しい世代のファンを次々に生み出し、炎をあげて天に輝き続ける星です。

だから、何も心配はいらないのですよ。

私たちに出来るのは、穴の開いた心を抱きしめてちゃんと自分の人生を生きること。地に足を降ろし、しっかりと立って、顔をあげて自分の道を進むこと。ある意味では、むしろ必要以上にフレディやマイケルに引きずられないように。

どうせファンやってるなら、「あんな素敵な人が大ファンだって言うんだから、よく知らないけどきっとクイーン(マイケル)って凄いんだろうね、私もちょっと聴いてみようかな?」とヒトサマから思ってもらえるような、天晴れ男前なファンを目指しましょうよ!
…いえまあ、現実にはなかなかそうはなれなかったとしても、心意気だけは、そのつもりで。

それがきっと、ファンの矜持。

生意気かもしれないけど、今はそう思っているんですよ。


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ぽちってくださると、凛々さんが張り切って芸をします。いつもより余計にまわっちゃいます。ってゆーか、何かと暴走しがちですが、わりとそういう芸風です。

遊びに来てくださるみなさま、いつも本当にありがとうございます。)

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