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2010年5月 2日 (日)

愛と青春の(笑)トルバドゥール

「愛と青春の旅立ち」よりも実はこっちが早い、日本では1969年発売のミッシェル・ポルナレフのファーストアルバムのタイトルが、「愛と青春のトルバドゥール」。「愛と青春の」モノの元祖なんじゃないかと思うけど未確認。ってゆーか確認するほどのことでもないっすね。

トルバドゥールとは吟遊詩人のことで、中世ヨーロッパの宮廷のサロンなどで、楽器を演奏しながら騎士道物語や宮廷愛についての物語を歌って聞かせる詩人たちを指します。元は王族や貴族の趣味的な余興だったものが、のちに職業としてのトルバドゥールを生み出しました。

日本で言ったら…さしずめ「平家物語」を吟じる琵琶法師。

愛と青春の琵琶法師。

ああ、全然ロマンチックじゃない。おフランスのかほりに負けた気がするジャパニーズ・トラディッション。

 

夕べYoutubeでポルナレフを聴きまくっていて、突如、36年ぶりに思い出したことがあります。
それは、初めて「クイーンII」を手にしてSIDE:WHITEの「White Queen ホワイト・クイーン」を聴いた時、真っ先に

ポルナレフの「ラース家の舞踏会」みたいだな

と思ったのが、そういえばこの曲の第一印象だったなぁ、と。

といっても別にメロディが似てるわけじゃないのですが、なんというか、全体の雰囲気、というか、1曲の中に「物語性」があってその「物語」が、似てる、なと。

Le Bal Des Laze ラース家の舞踏会

 明日の朝 首を吊ろう

というとんでもねぇ歌詞で始まるこの曲は、お城のお姫様と名もない(おそらくは)身分もない若者の、悲恋の物語。

主人公の「僕」は、ラースのお城で愛するジェーンとそのフィアンセが婚約披露の舞踏会で華やかに優雅に踊っているのを、物陰からじっと見ている。手には鋭く光るナイフを握り締めて…

という内容だったのですが、「ホワイト・クイーン」はそこまではっきりと具体的ではないものの、やはり憧れの女神のような女性を陰から見つめているしかない男の哀しみの歌で、

 愛しき友よ、さらば
 我が瞳には涙すらない

 なんと哀しい全ての終わり
 そしてそれは全ての始まり

で、主人公の運命が暗示されて終わっています。

White Queen (As It Began) ホワイト・クイーン

もちろんこの類似は偶然で、まあ普遍的な、と言えば聞こえはいいけど要は実にありがちな物語なのですが(ごめんブライアン)、その、吟遊詩人が歌い語るような、日常から切り離された「物語性」をロックで、しかもプログレほど難解でなく、非常に判りやすくやったところがクイーンの面白かったところで、なにゆえ「クイーンII」があれほど濃密なアルバムかというと、この「物語性」が1曲1曲にあったから。「Nevermore ネヴァーモア」みたいな短い曲にすら。
いわば時代物のお芝居を何本も立て続けに見せられてるようなもんで、そりゃーアナタ、濃いわ。

初期クイーンが王子様扱いされていたのは、もちろんメンバー全員の、全員の、全員の!ルックスが非常に良かったからでもありますが、それよりも初期4枚のアルバムのこの大時代的な、非日常的な「物語性」が、女性好みだったから、だと思うのですよね。

ゆえに。

クイーンが「王子様」でなくなったのは、メンバーの髪が短くなった時でもフレディがヒゲを生やした時でもなく、クイーンの楽曲から良い意味での絵空事的「物語性」が薄れて楽曲が現実味を帯びた時、だと思うのです。

時期としては「華麗なるレース」から「世界に捧ぐ」に掛けてあたり。これはあくまで私の個人的な感想なのですが、もっと具体的に言っちゃうと「Samebody To Love 愛にすべてを」からだと思います(異論は認めます・笑)。あれほどの大作を、「物語性」を排除して創った時に。

今、この「物語性のある楽曲」、というのはクイーンに限らずほとんど聴かなくなりましたね。つまり、もはや古臭いというか、流行りじゃない。今はもっと、等身大で日常的で身の回りにある感情の微妙なひだを歌うことが、若者たちの共感を呼んでいる。

クイーンの時代ですら、すでにそうだった(というか、時代はパンクロックだった)ので時流を読むことに掛けてはちょっとやりすぎなほど敏感だったクイーンは、大時代的なトルバドゥールスタイルをあっさりと変えてしまいました。

その後、ちょっとだけクイーンの「物語性」が復活したのは、意外な方向から。そう、映画音楽。ああああ!その手があったか!

映画の出来がアレだったにも関わらず音楽だけがやたらと良かった「フラッシュ・ゴードン」や「ハイランダー」は、実は密かに「クイーンII」の遺伝子を隔世遺伝で受け継いでいるのであった。「Princes Of The Universe プリンシス・オブ・ザ・ユニヴァース」なんかがなんとなく初期っぽいのはそういうわけ。

…という結論は、ちょっとひねりすぎ?


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