« 待ち受け画像遍歴・その3 | トップページ | ランキング・10年6月 »

2010年6月12日 (土)

嘘ではない嘘

私たちは、フレディ・マーキュリーが曲を書いて歌うのは、当たり前だと思っている。
マイケル・ジャクソンが曲を書いて歌うのは、当たり前だと思っている。
当たり前のことなので、もっと聴きたい、もっと観たいと思う。まるで乾いた土が水を吸い込むかのように。

「もっと」「もっと」「もっと」。

そしてサービス精神旺盛な彼らは、その「MORE」に応えようとする。
「僕はこれしか出来ないからね」と笑いながら。

0から1を生み出すことが、生み出し続けることが、どれほど大変か。

何も無いところからやっとの思いで「1」を吐き出すことは、「1」あるものを1000にするよりもはるかに苦しく、辛く、難しい。
誰にでも出来ることではないのに、それを「当たり前」と思われてしまう人たち。

 

生前から、フレディにはなんとなく「生き急いでいる人だなぁ」という印象はあった。それはもちろん、今だから勝手なことを言えることかもしれないが。
アルバム、ライブ、アルバム、ライブ、アルバム、ライブ。合間にゴシップ。
同じ仕事をしているはずの他の3人よりも、なんとなく「急いでいる」感があったのはなぜだろう。

それはおそらく、結婚(あるいは事実婚)していて子どもがいて、といった「家庭人」としての顔が他の3人にはあったのに対して、フレディ・マーキュリーからは「生活」を感じさせるものがほとんど見えて来なかったから、かもしれない。

とにかく「のんびりする」という印象が、まったくない人だった。

そのフレディが、サービス精神の権化のような彼が、1986年に「もうツアーには出たくない」と言い出して、私たちファンを驚かせた。
そしてさらに驚いたことに、「ライブ大好き」を公言していたブライアンをはじめとするクイーンの他のメンバー3人が、何も言わずにそれを受け入れた。

これは私の想像なのだが、たぶんフレディは、3人に面と向かって自分がHIVポジティブである、とは言っていないと思う。おそらくはその死の日まで、口に出して言ってはいないと思う。

なぜなら、それを3人に言う、ということは同時に、3人に嘘を強要することになるからだ。

公式には知らなかった、ということになっていれば、嘘をつかせずに済む。
たぶん、フレディはそう思ったはずだ。頭のいい人だったから。

そして同じくらい頭のいい人たちだった3人の仲間は、何も聞かずに事態を察した。
だから、86年以降のクイーンは、全てがフレディ中心に回っている。
ブライアンは、まるで弱々しいヒナを全力で守る親鳥のように、大きく翼を広げてフレディを守る。

「彼に関するウワサは全部間違いだよ。ただ彼は今、自分のロックンロールな生き方にちょっと疲れているだけなんだ。休養が必要なだけなんだよ」

当時、私は「もっと」を期待していたファンのひとりだった。86年のツアーに日本公演がなかったこともあって、「ツアーやってくれればいいのに」とのん気に願っていた。

今になって、その「嘘ではない嘘」をつき続けたブライアンの気持ちを思うと涙が出そうになる。「もっと」「もっと」を願った自分を詫びたくなる。
その嘘を、誰よりも信じたかったのはブライアン自身だっただろうに。

 

アーティストは「もっと」と願われているうちが花。そんなこと、いつまでも続くはずがない。それはもちろんそうだろう。
けれど「もっと」に疲れた時は別に休んだっていい、ファンはいつまでだって待ってるんだから。

そうして私は今も、フレディ・マーキュリーが帰って来るのを待っている。
もちろんそれは、「嘘ではない嘘」なのだけれど。


人気ブログランキングへ
blogram投票ボタン

(ブログランキングに登録しています。
ぽちってくださると、凛々さんが張り切って芸をします。いつもより余計にまわっちゃいます。ってゆーか、何かと暴走しがちですが、わりとそういう芸風です。

遊びに来てくださるみなさま、いつも本当にありがとうございます。)

|

« 待ち受け画像遍歴・その3 | トップページ | ランキング・10年6月 »