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2010年8月 7日 (土)

B と B

通勤電車内のヴィジョン広告で、劇団四季のディズニー・ミュージカル「美女と野獣」の宣伝を映していて、凝視。

まったく個人的な感覚(だと思う)なのですが、私はこの「美女と野獣」というタイトルを見るたびに、「ああ、惜しい!」と思ってしまう。

元々この「美女と野獣」という物語は、ご存知の通りフランスの民話がベースになっていて、それを形を整えて出版したボーモン夫人の版のものが、現在の一連の「美女と野獣」モノの原作というか、底本になっています。

元タイトルの「La Belle et La Bete」の、「La Belle(ラ・ベル)」は人の名前ではなく、フランス語で美しい人(物)、美女という意味の普通名詞。

おそらく元々の民話ではこの主人公の女性に名前はなくて、たとえば「むかしむかし、あるところに、とても美しく心の優しい娘がおりました」というように語られていたのではないかと思います。そう、「La Bete(獣)」に名前がないように。

つまりこのタイトル「La Belle et La Bete」は、普通名詞「La Belle(美女)」と普通名詞「La Bete(獣)」が、「B(e)」で頭韻を踏んでいるわけです(「et」は、英語における「and」)。

これは英語訳でも踏襲されていて、英語版タイトルはご存知「Beauty and the Beast」。「B(ea)」で頭韻を踏んでいますね。

この、「韻を踏む(押韻)」というのは欧米文学ではとても重視されていて、文章にリズムを与え音楽的な美しい響きをもたらします。

それはたとえば現代のポピュラー音楽の歌詞でも言えることで、わざとその面白さを狙って韻を強調しているラップミュージックはもちろんですが、そうでなくても、20~30年くらい前のポピュラー音楽の詞なんか、よく見ると意外と律義にきっちりと韻を踏んでいます。

She keeps Moet et Chandon
In a pretty cabinet
'Let them eat cake' she says
Just like Marie Antoinette

2行目と4行目のおしまいが【-net】という音で韻を踏んでいます。

To avoid complications
She never kept the same address
In conversation
She spoke just like a baroness

2番の歌詞もそう。【-es】という音ですね。

(以上、「Killer Queen」より)

クイーンの時代くらいだと、たぶんどの歌詞も一応韻は踏んでいる(あるいは踏もうとしている)んじゃないかな。
最近のポピュラー音楽は必ずしもそういう決まりにとらわれず、自由な単語配置で作詞しているようですけどね。

…あれ、なんの話だっけ。あ、そうそう、だから「美女と野獣」なんですよ。

欧米に比べると、言語体系がそもそもまったく違う日本では、この「韻」はあまり重要視されません。
従って「La Belle et La Bete」の日本語版タイトルは、言葉の意味の方を重視の直訳でそのまんま、「美女と野獣」。

何が惜しいって、「美女」はちゃんと「B」で始まるのにっ!(たぶんこれは偶然)
「野獣」がっ!「野獣」が惜しい!

なんか、ポーカーであと1枚でロイヤルストレートフラッシュになるのに、1枚だけ絵柄違い、みたいな口惜しさを感じるんですよ、人知れず。

でも「B」で頭韻踏ませるにはどうしたらいい?電車に揺られながら、うんうん一生懸命考えてしまったよ。

「美女とばけもの」

…あああ、違う話のようだ。というかお笑いのようだ。

「美女と蛮獣」

あ、ちょっとはマシかも。でもやはり「美女と野獣」という詩的な美しい響きと字面には敵わない。

欧米の言語と日本の言語では、やっぱり言語を美しく詩的に見せる、なんというか「見せ方」が、根本的に違うんだよなぁ、などと、車内ヴィジョンで歌い踊るディズニーキャラを見ながら思った、とある夕刻。

  ☆  ☆

オマケ。この人は「美女と野獣」ではなく、

Beauty

 美女

 で、

 野獣。

Beast


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