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2011年2月 4日 (金)

「クイーン」という複合芸術

Queen1975

ども。先日、ふと思いついて三原順さんの漫画「はみだしっ子」を全巻大人買いして読んでいたところ、第二話「動物園の檻の中」で、通行人の中にいきなりクイーンの4人がいて大笑いした凛々さんです。

まあ、アレも舞台はイギリス(をモデルとした架空の国)だしね…って、そういう問題じゃなく。
さらに第三話「だから旗ふるの」ではジョンが、セリフのある役(ウェイター)をやってました。

で、よくよく見たら第一話「われらはみだしっ子」は1975年発表。
ああ、あの時代の漫画の中で、どんだけ通行人役をやったことでしょうね、クイーン。

なんていうか、貴公子時代のクイーンって、「漫画も読む文学少女」、あるいは「演劇少女」にウケるものがありましたよね。
世界名作文学も読むけどサブカルにもちょっとうるさいのよ、みたいな、小生意気な女子に。
やっぱり、以前書いた「物語性」っていう部分も大きいと思うし。

このジャンルの先駆者はデヴィッド・ボウイさんで、次に来たのがクイーンだったような気がします。ようするにルックス+物語性ね。…そ、ルックスは大事なわけです、やっぱり。

幸いにして芸術性も高かったボウイさんにしろクイーンにしろ、だから日本においてはロックミュージックの枠を超えて、総合(複合)芸術的な、それ自体がひとつの「カルチャー」になっていたのが、おそらく本国イギリスともまたアメリカとも違った、日本における独自の人気の根底にあったのだと思います。

たぶん、そのあたりの日本事情はアーティスト本人たちも知らなかっただろうし、説明する人もいなかったんじゃないかな。

もっとも、ご自身も舞台演劇や映画に出たりと「総合芸術」的な活動をしていたボウイさんと違って、クイーンに関しては本人たちは音楽一筋ロックまっしぐらだったのに、日本人が勝手に物語性を膨らませてカルチャーにしてしまっていた部分があったので、両者の立ち位置は若干異なるとは思うんですが。

いずれにしろ、「華麗なるレース」から「世界に捧ぐ」で物語性を脱却したクイーンは、その後日本においても「ロックバンドの」クイーンとなり、スタジアムロックの王者となり、新しい世代のファンを獲得し、初期だけファンからは残念がられたのでした。

今になって振り返ってみると、70年代のクイーンは、日本においては若者が己を認識するためのヘーゲル哲学的「媒介」だったのかもしれないなぁ、とか訳の判らんことを言ってみる。

…まあ、半分くらいは本気なんですけど。


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