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2011年3月 6日 (日)

観られなかった人のために。

I:40年間続けてこられた秘訣は?

B:死なないこと(笑う)

R:そう、息をし続けること(笑う)

B:QUEENとは離れて前に進んでいきたいと思うこともあるんだけど、やっぱり4人で作り上げた作品を、今もとても誇りに思っています。

R:QUEENは俺たちの歴史だからね。ブライアンは色々していて、他のことへも興味を持ってて、それは俺もだけど、でもQUEENが中心にある。俺たちには素晴らしいファンがいてくれるから。一途にいてくれるファンがね。

I:フレディの思い出を聞かせてください。

R:フレディから学んだことは多いよ。ある意味、まだ一緒にいる感じがする。今でも、ヤツがいなくて寂しい。

B:最初は全てがとても辛かった。写真を壁に貼り、いつも一緒にいる気持ちになり、その人のことを毎日考えていると、哀しみも癒えてくるんだよ。

N:(胸に秘めた想いを明かすメンバー。なぜ日本のメディアにここまで語ってくれるのか、理由は、日本公演のエピソードからはっきり判った)

B:飛行機から降りたら何千人もの女の子たちが叫び声を上げてたんだ。そんなことは今まで経験したことがなかった。その当時は僕たちもまだ若くて、ただの少年で、母国ではそんなに知られた存在じゃなかったから。飛行機から降りたらビートルズみたいな扱いで、それが驚きだったよ。

N:(デビュー当時、イギリス国内での彼らへのまなざしは、冷やかだった。転機は、1975年の初来日にあった。日本で熱狂的なファンに迎えられるクイーン。この人気がイギリスへ伝わり、やがて世界に認められることになる。つまり、日本のファンあってのクイーンなのだ)

I:この、ちょっと日本の思い出を話していただければ(と、初来日時の写真を二人に渡す)

B:ふふ、ありがとう(と写真を手に取り笑顔)

N:(当時のことを、彼らはどれだけ覚えているのか秘蔵写真を見せてみた)

B:ああ、東京タワーだ(笑う)

R:東京タワー。

B:東京プリンスホテルに泊まったんだ。凄くいい思い出。

R:そうそう(写真をカメラに向けて)お茶会。初めて日本に行った時だ。すごくよく覚えてる。全てが違っていて、東京タワーはホテルの目の間にあってね。(違う写真を見ながら)これは京都だよね?

B:そうだね、京都だよ。

R:そう、京都。初めて日本料理を食べたんだ。日本食が大好きになった。最初は変わった味だと思ったけどね(笑う)。

N:(世界で最初に自分たちを認めてくれた日本のファン。その感謝の気持ちを、初来日から2年後の1977年、こんな曲の形であらわしてくれた)

「手をとりあって」の日本語部分が流れる。

R:(胸に手をあてて)日本のファンに感動しました。

B:あなた方は今でも私たちの中で大きな存在です。

N:(今回、40周年のメモリアルとして、ファーストアルバムに収録されなかった幻の録音テープを、初公開することにしたクイーン。日本への感謝の気持ちを込めて、この録音テープを「と○だね」で世界で最初に初公開してくれるという)

B:オ○ラさん、ブライアンとロジャーです。この曲はQUEEN初期の隠れていた宝石、初期のQUEEN、ベリーベリー・アーリー・クイーンです。

R:そう!サンキュー、オ○ラさん。

B:サンキュー。

 ☆  ☆

ある番組を、観られなかった人のために。

Iはインタビュアー、Nはナレーションです。
字幕など、堅苦しい表現だったのでちょっと変えてます。あと、字幕のなかったとこも少し補完。

この時に番組で「初公開」された初期音源は、3月16日発売のユニバーサル盤「戦慄の王女」のリミテッド・エディションの方に、ボーナスディスクで収録されているようです。

(…これくらいはしてもいいんじゃないかな~とびくびくしながら記事アップ。もしこの記事がある日突然消えてたら、「そういうこと」だとご理解ください)

https://youtu.be/yMKBrMb48O4


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