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2012年10月28日 (日)

ライブは育つ

Queen1981

あほだなーと自分でも思いつつ、この週末に観ましたよ、前回貼ったフルライブ9本立て。
いえ、映像自体は最後のやつを除いて過去に観たことはあるんですが、年を追って続けて観る、ってとこにまた違う発見があるんじゃないかな?と思って。

えっと、とりあえずおさらいなんですが、クイーンの(そして他の多くのアーティストの)営業戦略は、基本的に

1)まずアルバム発売前に先行シングルを出してヒット狙い

2)シングルがそこそこヒットしたところでアルバム発売

3)すかさずアルバムを宣伝するためのサポートライブツアー

の3本立て計画となります。

つまり単発のものやイベントの招待ライブなどを除いて、基本的にライブツアーというのはアルバム宣伝のために行われていました。

1)の段階でヒットせんことにはケつまずくので、先行シングルはアルバムの中でもキャッチーな、親しみやすい覚えやすいいかにもヒットしそうな曲が選ばれます。
たとえば「キラー・クイーン Killer Queen」、「伝説のチャンピオン We Are The Champions」、「愛という名の欲望 Crazy Little Thing Called Love」、「Radio Ga Ga」などなど(ちなみに先行シングルはフレディ率高し。彼のポップセンスの高さがうかがえますね)。

(例外は「ボヘミアン・ラプソディ Bohemian Rhapsody」と「イニュエンドウ Innuendo」。このどう考えても親しみやすくはなかろうよ、という例外2曲を、9週連続1位(Rhapsody)とクイーン初の初登場1位(Innuendo)にしてしまったのが、とってもクイーンらしい力技)

で、クイーンはこの1から3までを、こつこつ地道に生真面目に13年間積み上げて行ったわけです。
…頭いい人たちってこれだから怖いよね、感情的には「やりたくねぇな」と思っても、それが一番効率がいい、と理屈で納得したらやるもの。

お気づきと思いますが、先日貼った9本のライブは、いずれも違うアルバムのサポートライブです(追記参照)。だからライブ構成がそれぞれかなり異なります。

とにかくその時点で「売りたいアルバム」の曲をメインに持って来て、後は過去のヒット曲やライブ向きの曲、お客が喜ぶ定番曲を、緩急つけて構成。

したがって、年代が後になればなるほど、ライブが洗練されて行きます。

そりゃそうよね、だって新譜以外の部分はどんどんそぎ落とされて、どんどんいいものだけが残されて行くんだもの。
もちろん、アーティスト本人たちの技術自体も向上して行くっていうこともありますけど。

デビューアルバム「戦慄の王女 Queen」(73)からの曲、「ライアー Liar」や「炎のロックンロール Keep Yourself Alive」が1986年公演まで残っているのは、ライブ向きの、ハードでノリがよく、かつ、いかにもクイーンらしい曲だから。
一方で、ステージでの再現が難しい曲(「ボヘミアン・ラプソディ」を除く。あれは「ステージでは再現不可能」という点を逆手に取った)や、お客を乗せるのがイマイチ難しい曲などは一発で消えたりもします。

で、9本のライブを年代順に観てまず思ったのは、「オペラ座の夜 A Night at the Opera」(75)と「華麗なるレース A Day at the Races」(76)って、難しいアルバムだったんだなぁ、ということ。
とりあえず「ロックのアルバム」の範疇に入れるには多様過ぎ、「ロックのステージ」に乗せるには複雑過ぎる。

「華麗なるレース」サポートツアーのアールズ・コートなんて、観ててなんかハラハラするのは凛々さんだけですか。ほとんどフレディのピアノショーになってるし。
反動なのか、最後のロックンロールのコーナーではなんかフレディが暴走しちゃってロジャーとブライアンがおろおろしてるし(そしてジョンの表情はうかがい知れない)。
「どうやってまとめるんだよ、コレ」と思ったら、さすがなんとか落ち着けましたけど。

それと、80年代に入ってからのフレディの覚醒ぶり!

あのですね、新しいファンの方には信じられないかもしれませんが、70年代当時、クイーンは、ライブはそれほど得意なバンドじゃない、と思われてました。いやほんとに。

初期アルバムの収録曲自体、ライブで再現しづらい曲が多いってこともありましたが、とにかくフレディに波がありすぎた。いい時はすごくいいんだけどね。
特に日本公演はツアーの最後の方の日程が多かったので、もうほんとにフレディが疲れ果てて調子の悪いことが多くてね。

それが80年代に入ったら、いつの間にやら「スタジアム・ロックの帝王」ってことになってまして、ヒゲと一緒に心臓にも毛を生やしたのかと見まごうばかりです。

今回思ったのは、もしかしたら81年の南米ツアーが、その覚醒のトリガーだったのかな、と。

だって南米ファンって凄いエネルギーだものね、暗転してクイーンがお着替えしてる最中でも勝手に盛り上がって勝手に歌ってるし。
あのオーディエンスを制御するのって、凄いパワーがいるでしょ。
だからそれを一回経験したことで、フレディが凄く、フロントマンとして爆発的に成長したんじゃないかなーと、改めて思いました。

…そりゃ南米の客に比べたら、モントリオールのオーディエンスなんて赤子の手をひねるも同然(笑)。

とにかく今回、年代順にフルコンサート観て、「順番」って意味があるな、と改めて思いました。

ひとつに、メンバー自身が経験を積んで成長して行くこと。
もうひとつに、演奏される曲構成自体が洗練されて行くこと。

ああ、ライブって育って行くものなのね、と今更ながら実感した次第です。

 ☆   ☆

追記:「クイーン・フルライブ集」サポートアルバム一覧

●The Rainbow : 1974 「シアー・ハート・アタック Sheer Heart Attack」

●Hammersmith Odeon : 1975 「オペラ座の夜 A Night at the Opera」

●Earls Court : 1977 「華麗なるレース A Day at the Races」

●Houston : 1977 「世界に捧ぐ News Of The World」

●Paris : 1979 「ジャズ Jazz」

●Argentina : 1981 「ザ・ゲーム The Game」

●National Bowl : 1982 「ホット・スペース Hot Space」

●Tokyo : 1985 「ザ・ワークス The Works」

●Knebworth Park : 1986 「カインド・オブ・マジック A Kind of Magic」

(会場名はイギリス国内公演、都市名は海外公演)

☆2013年1月31日追記

 1982年のLive At Bowl が削除されたため、同じ「ホット・スペース・ツアー」の所沢・西武球場公演に差し替えました。この日は「ホット・スペース・ツアー」のほんとにほんとの最終日でした。日本公演なので「手をとりあって」が入っているのが貴重ですね。

 同じく、1977年のヒューストンも削除されていましたので同公演別動画に差し替えました。こちらはあまり画質が良くないので、そのうちまた何か探したいと思います。


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